各担当教員から、授業をご紹介します。
一部の科目についてですが、順次増やしていきます。
授業の紹介
禅学
2026-06-18
「禅学」(専門科目E/講義)について、
担当の池田丈明講師から紹介していただきます。
「禅学」では、歴史学になじみのない学生たちに、歴史的な史料への興味をひくために坂口尚『あっかんべェ一休』(講談社)を輪読しています。
坂口尚(1946-1995)は、漫画家・アニメーターとして活躍した人物です。
一休(宗純。1394―1481)は室町期の禅僧で、穎悟洒脱な言行や、「真摯と狂乱」とも評される両極端な生き方をしたことが知られています。
この一休の振れ幅の大きい生涯を、坂口尚みずから禅を学び漫画作品として立体的に浮きあがらせたのが『あっかんべェ一休』です。ここには、一休の一代記を中心に、足利将軍や世阿弥の生涯、室町期の社会情勢が臨場感あふれる筆づかいでいきいきと描き出されています。
『あっかんべェ一休』は、今年、明治大学米沢嘉博記念図書館主催の「坂口尚と一休展」(2025年10月25日―2026年2月8日)で特集され、さらに研究者たちによってフォーラムが開かれるなど、現在、大変関心を集めております。
「禅学」では、この『あっかんべェ一休』をテクストに、報告担当の学生には、事前に担当箇所に登場する人物や事件・用語等を調べ歴史的・思想的背景をつかんだうえでのテクスト読解を課し、そこに歴史学徒の池田が史料にはどのように出てくるか紹介して解説するというスタイルをとっています。
学生の皆さん、『あっかんべェ一休』をガイドブックに、ご一緒に前近代の禅を観察しに室町社会へと散歩に出かけましょう。
一休さんといえば、アニメ『一休さん』と、髑髏を持った破戒僧という、「昔はかわいかったのに…」のイメージです。
史実だと思っていました。 また、父への想いも強く、父(後小松院)のお墓を訪ねて10作もの漢詩を読んでいます。
母上様だけじゃないんです。
『あっかんべェ一休』の、学習教材としての効果はどうですか?
授業中に盛り上がっている声が聞こえてきます。楽しい授業なんですね。敷居が高いように感じる「禅」。「おもしろい」と感じたことを入り口にするのも、良いかもしれません。
「もっと一休さんの話を聞きたーい」と思った方、ぜひ正眼短大へ!
禅の作法と心得・禅宗法儀
2026-04-27
「禅の作法と心得」(専門科目D/演習)と、
「禅宗法儀」(専門科目E/講義)について、
担当の山本宗孝講師から紹介していただきます。
【禅の作法と心得a・b】
仏教や禅に興味を持たれ、本学に入学されましたなら、他の学校では学ぶことができないことを是非とも覚えていってもらいたく思います。その一つがこの教科であります。臨済宗の修行における専門用語から始まり、禅修行の食事やお給仕の作法、初歩的な経典の読経作法など、昔であれば禅院の小僧修行に入らないと教われなかったことなどを前期に学ぶことが出来ます。
また、後期に入りますと本格的な臨済宗僧侶の読経作法や、唄器(鳴らし物)の取り扱い方法、初歩的な各種法要の行い方など、禅の専門道場に入門する前に知っておくべき事項や、一般の方では知り得ないこと、世間のSNSや配信動画などでは学ぶことが出来ない事柄などを学ぶことが出来ます。
【禅宗法儀a・b】
「禅の作法と心得a・b」を基礎とするならば、この禅宗法儀a・bは、より専門的に臨済宗の作法や儀式について学ぶ教科となります。基本的な動作や法鼓(臨済禅の太鼓)の打ち方、各種法要の導師作法、身内の方を亡くされたご親族との面談のロールプレイング、亡くなられた方への戒名の付け方、偈頌(禅的境涯や教えを御仏へのお供えとして詠う漢詩)の作成方法などを学ぶことができます。
禅の専門道場においては、師匠の行っていることを自らが見て、盗み、覚えていく(体得していく)しかない世界でありますが、本教科においては、そのような伝承されるべき事柄への一助として是非とも学んでいただきたい内容となっております。
また、「正眼僧堂すごろく」なるものを自主制作し、臨済宗の修行道場の生活と禅の考え方を、楽しみながらより身近に感じていただけるような工夫などもおこなっております。
特に臨済宗の修行は厳しくて有名です。本学で基本や心構えを教わってから僧堂へ行くほうが、気持ちも体力的にもアドバンテージになるかもしれません。
仏教学
2020-09-09
「仏教学」(専門科目E/講義)について、
担当の水野和彦講師から紹介していただきます。
いま、「仏教学」の授業で『ダンマパダ』という書物を輪読しています。
ダンマパダ(『真理のことば』)とは、原始仏教時代のブッダの語録です。
これは、中国にも伝わり『法句経』として漢訳され、日本にも伝わっています。
ブッダは、説法するとき、弟子や信者さんひとひとり相手に応じて区別しました。相手の理解力、修行の進展度、あるいはこれまでの人生経験などに応じて、最適なアドバイスを選んで説法したといわれています。
これを専門的な用語で、「待機説法」(たいきせっぽう)といいます。
そしてわたしたちが触れるお経は、「いつ?」、「どこで?」、「だれに?」「どんな?」と因縁を含めて、総合的に語られることが多いのですが、『ダンマパダ』は、それらの情報を省略して、ブッダのつぶやいた言葉だけを、抜き出して記録したものです。
また、そのダンマパダの断片的な言葉を聞いて持った印象と、その本来の因縁話が、全然食い違うこともあります。そこが、またお経の勉強の醍醐味だと思います。
この書物は、現在古いインドの言語(パーリ語)で残ってもいますが、それを原語のまま読むとなると、語学的にも専門知識が必要になってきます。
しかし、現代日本語訳も多く出版されています。特に、友松圓諦氏の文語訳、また岩波文庫の中村元氏の現代語訳など名訳であり、現在日本人でも最も人口に膾炙したお経の一つといえるでしょう。
『ダンマパダ』とは、いわゆる「釈迦牟尼和尚語録」であり、禅宗でも『六祖壇経』や『臨済録』と同じくらい必修のテキストといえます。
一つ一つブッダのつぶやきとその弟子との対話は、まさに禅宗の祖師と弟子との問答にも通じます。この軽やかな口調が、われわれ現代人の「こころ」をつかみます。授業では、そんなこの古代インドのお経を輪読しております。
正眼短大では、決して禅宗のことだけではありません。少し広い視野で、古代インドのブッダの教えも勉強して、禅の境涯を深めようとする試みも行っています。
(中村元『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫より)
そうすると、「自分の問題」として考えるようになる。
最終的には自分ひとりだけど、まず自分を知ることは必要です。学校に来ることは意味があります。
ダンマパダ(法句経)に関する本はたくさん出版されていますし、ネットでも少し読むことが出来ます。
興味がわいた方は、ぜ正眼短大へ!
倫理と人間
2020-07-31
「倫理と人間」(教養科目/講義)について、
担当の宇佐美之規准教授から紹介していただきます。
日本は大変豊かとなりましたが、同時に西洋思想化の波に呑まれて100年以上となります。その過程で日本的な道徳心が失われているのではないかと思われることが多々あるのではないでしょうか。その失われた道徳心とは何かということについても取り扱います。
また、西洋の哲学者の倫理思想も取り上げつつ、現代の日本社会に当てはめて考察します。
倫理で扱う分野は広範囲にわたります。善とは何か、正しい判断とは何か、人として守るべきこととは何かや、企業においても企業倫理という言葉があり、The pen is mightier than the sword.の言葉にあるように報道に関する倫理、その他、個人や組織において使われる用語でもあります。この倫理について、日本的な道徳心、さらに、宗教性・仏教哲学を踏まえて、倫理観について学びます。
また、時事問題に関すること、日常生活におけるスタイルや考え方など、昭和から平成、そして令和となり、その過程で首を傾げたくなるような事件やニュースを耳にすることが多くなったのではないでしょうか、なぜ、どうして、というような問題など、その時々にテーマを設定し、さまざまな諸問題について、その矛盾にどう向き合うのか、その解消は可能なのか、1人1人がよく考え、建設的な議論を行います。
本来、日本人が大切にしてきたのは道徳で、日本的な情緒があります。
「お天道様が見ているから」悪いことはしない。
太陽が照っていたら悪いことをしてはいけないというのは、何の理由にもならないんですが、それが道徳です。
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そして、思いやりの心があってこそのルールだという気がしました。
「倫理と人間」、この続きは授業で!

