2025年度公開講座のご感想
2025.11.15 in美濃加茂〈70周年記念講演〉
- 我をなくす事、とっても私には、現実的に体験できない事だなぁと。理屈では、なんとなく理解できても。でも、そうありたいと願う自分もいました。
- 脳は死ぬまで動き続けている。唯一休んでいるのは息を吐いている時だけ。こちらのお話により『関中刻苦』を少しだけ深く理解することが出来たように思います。
- 70周年というタイミングでご縁をいただき、来させていただけたことに感謝致します。
- ○体露金風とは △生命とは、宇宙(愛・善・美)への憧憬。気魂のことだぞ。□そうどすえ、金剛因菩薩の八軸法輪どすえ。○あのう、風と音は同事だぞ。あっは、は、はと古稀だろ。△へ~え、阿(あ)!二刀流大谷選手カーンと、ランランラーンと、ホームラン。 そうやろ。お気ばりやすえと、報恩謝徳どすえ。 11/15(土)禅関策進、中峰本禅師(以頭触柱)毒峰善禅師(関中刻苦)○坐禅の修行で、ある時、大悟となってもそれは小我であり、さらに坐禅して大我になるまで、修行しなければ、仏にならない。仏になれない。△坐禅で、体は使っているが、脳は調息で休んでいて、ある時、大悟する。
- 悟りとは、辛さを乗り越えて我を無くす事と勉強になりました。美しい心で生活したいと思います。
- 奥深いお話、直ぐには答えられませんが、大変ありがたく聞かせていただきました。
- 仏教の長く深い教えは、最先端の医学とも通じているとは驚きでした!
- 山川老師さま いつも、いろいろなところへおいででご多忙なのに、講義して下さって、本当にありがとうございます。 (感想)老師さまは、お若いときに、合法的に山を去るために、体を壊そうとなさったとのことですが、そうしたちょっとずるいような気持ちでも、一生懸命修行すると、変化できてしまうんだなと分かりました。調身、調息、調心の順番は、坐禅だけのことではないと思いました。
- 先に抹茶と菓子をいただいていたので、壁睡とかよくわかった気がする。
- 自分の都合、目の前の欲に振りまわされ、どうすれば回復できるかという小我におぼれてしまっているところから、人の役に立ち、自分の求めるところに最大限自分の命を使いきる心構えを解いていただいた思いです。「破木杓」というカレンダーの言葉に惹かれましたが、自分の命を最大限活かすことを禅の教えからこれからも学ばせてください。
- 七十周年おめでとうございます。短大の歴史や生徒の皆様の生活などに触れられる貴重な機会を頂きました。心より感謝申し上げます。本日のご講義で「号泣仏前」とありましたが、大変なご修業をこなされる和尚様方が、このようなお気持ちで臨まれ、多くの方々を救っていかれる方になられたことに深く感銘を受けました。私もがんばりたいと思いました。
- 「息をはくこと=脳を休めること」というお話が印象的でした。
- 脳が休んでいるのは、息を吐いている時」というお話をお聞きして、調身、調息、調心の具体的な意味が少し分かったような気がしました。
- 息をはくときに脳が休まる。沈沈寂寂。とても貴重なお言葉でした。スタートとゴールが今のこの呼吸にあるのかなと、少しばかりの望みがわいてまいりました。
- 調身、調息、調心の境地は、自由な境地であるということ。坐禅の目指すところがわかりました。
- 本日のお話をきいている自分ですが、やはり体が疲れている所でお話をきいていたのでうとうととしそうになりましたが、目を大きく開けてみる等して何とか話をきいていました。翌日の私の地元での坐禅会でもうとうととしない様にしなければと思いました。坐禅だけでなくお話をきく時も調身、調息、調心この3つが出来る様にしていきたいと思っています。いわゆる話をきくのも修行?ですか?と思うこのころです。
- 私には二男一女の子供がいました。長男は大阪に在中、二男は16才で亡くなり、長女は愛知に在住、今は主人と2人ぐらしです。長女は盆、正月、ゴールデンウィークなどに孫とむこと3人で来る程度です。長男とは訳あって絶縁状態、娘一家が帰ると、むなしさ、さびしさがこみあげ、悲しい想いをすることがいつもでした。9月娘と孫がコロナにかかり、娘の所に泊りがけで加勢に行った時、夜中、洗たくを干しに外に出てみると、せまい軒の間に星座が見えました。その時、二男のように亡くなったら2度と会えませんが、いつも寝れず外に出て夜空をながめる毎日の私は、娘の家でも同じ星座が見えることで、何か今まで帰ったあとのむなしさが消えました。生きていればいつでも娘に会えるということが実感出来た瞬間でした。心にしみるお話ありがとうございました。
- これで十分だということはなくて、まだ入り口というところが心に残りました。分かったようなつもりではなく、ずっと修業は続く、それが生きるということなのかなと思いました。年を重ねて、自分らしい自分になれるよう、感謝できる人間になりたいと思いました。
- 老師の体験談が胸にスッときます。日常生活に役立つお話が聞けて良かったです。
- 昏沈、睡眠を破って、刻苦怠りなく修行する。健康法や精神衛生が重視される世の中の常識。本当に生きるためには、常識を捨てなければいけない、と思うと伴に、半端な気構えではいけない、とも思いました。又、息を吐くことを意識して行こうと思いました。
- 私は最近「時節因縁が熟す」経験をしました。老師の講座でお話を聞いて、すごく嬉しかったです。私の心に残る言葉です。
- 本日は、直接、京都から講演会場に来られたとの事。大変な時期にお話を聴くことができたのは大変有難く、貴重な経験だと思います。講演中はその片りんも見えませんでした。坐禅で慣れていらっしゃると云っても大変な事です。お体を大切にして下さい。今年も、きびしい冬がやって来ます。おこたらないように新年の準備をしましょう。正しい見解を広め、仏教の教えが正しく広がりますように。世の中が正しい行ないから大きく、はずれている様に感じます。その中で仏教の正しい教えは、大切な教科書です。皆が、これに従って生きる様に努力をして行きましょう。
- ありがとうございました。この出会いに感謝致します。
- 公開講座は難しかったですが、最後に山川老師のお話で5才の脳腫瘍を患った女の子が死の間際に、母親に向かって悟りの境地で話した内容を聞いてよくわかりました。それと50年前に正眼寺に修業に来て、早く帰れるように色々考えた事を聞いて、実体験と結びつけてお話をされたので少しずつ理解できるようになった気持ちになれました。私はまだ2回しか公開講座に出席していませんが、これからも続けたいなと思いました。坐禅をすることは身体を休め、脳を休めることで、そうすると悟りが開けるということを実観したいと思います。
2025.9.20 in美濃加茂
- 戦後80年の年に兵隊さんの話。今の自分達は、兵隊さんのお陰という気持ちを忘れてはならないと痛感しました。
- 彼岸の墓まいりに来た長女と毎回聴させて頂いている私です。難しい講座の時、今日は美濃加茂国際交流の一員としてカウラの奇跡のお話、老師様の修行時代のお話にたとえられ、禅関策進の内容が少し理解できありがたいお時間でした。
- 私は日常でどれだけ余計な事を考えていたのか…「何のために生を受けて…」という言葉で、はっと気がつけました。坐禅を体験することで、周囲にふり回されないことの大切さを学びました。今日だけで、わかったつもりになってはいけませんが、日常の生活の中で揺らがない心を意識して過ごしていきたいと思います。イスで坐禅(1日7時間デスクワークなので)にとっても心がトキメキました。ありがとうございました。
- 身が引き締まる思いで拝聴しました。重荷を降すには、奮闘努力が必要なんだ。「諸行無常」と言っているだけではいかん、と頭を打たれた思いです。有難うございました。
- 〇空(くう)とは、宇宙真理(真善美)のことだぞ。△へーえ。誠(麻古登)どすかえ。維摩居士さん。□阿(あ)かんな。人間も空(くう)、煩悩も空(くう)だぞ。〇宇宙との自證三昧(自受用三昧)だぞ。△本気どすかえ。うちはお三味線。ジャーンジャーン。般若どすえ。9/20禅関策進(諸縁尽廃)傑峰愚禅師(杜門力参)移刺楚材丞相。月指、虚空迸出日輪紅とは。悟りをひらいた人には月はいらない。太陽の光が日没後、差してくる不思議さ。坐禅の禅とは、無になること。調心とは地球の引力にさからわない。肩の力をぬく、おとす。調息とは、よく吐くこと。よく吐ければよく吸うことができる。
- 初めて参加させて頂きました。難しいかなと思っていましたが、丁寧に説明して下さり何となく分かったように思います。不平・不満を思ったり、人から聞いたりすると、イヤな気持ちになりますが、老師の言われた様に「1時間半も寝られる」という感謝へ変えていくことが大切だと分かりました。
- 隻手の音でありたいと思いました。
- 大変勉強になりました。
- オーストラリアの戦死された方のお話に感動しました。
- 寝食を忘れ、何かに没頭することはあるのだろうか。時間があっという間にすぎたことはあったのだろうか、と考えさせられました。確かに、幼少のころは夢中になって遊んだり学んだりしたことはありましたが、年を重ねてきた今は、没頭することはなくなってしまいました。ひきしまる思いでありました。
- オーストラリアの墓地のあかりのお話、うかがったことがあっても、その時々で、いつも、そうかと思うところがあります。山川老師が見聞きなさったこと、体験されたこと、またたくさんうかがいたいです。よろしくおねがいします。在家の移刺楚材丞相と、出家なさっているお坊さんの違いが、なんなのかな?と思いました。同じようだと思いました。自分は、お坊さんになりたいと思っていたのですが、ちゃんと修行している自分でありたいのだと気づきました。ありがとうございました。
- 若い時から、つらいことを避け、悩まないようにして仕事をしてきました。しかし、つらいことにむき合い、乗り越えることができれば、人間は成長するものだと、退職してから気付きました。禅の修行は乗り越えることのくり返しなのではないかと思っています。またいつか老師のお話をうかがいたいと思います。
2025.7.19 in美濃加茂
- 初参加です。大変勉強になりました。1回では理解できないので、次も参加します。白隠さんのお弟子さんのように危機感を持つべきかもしれないと、自分に対して思い、感じました。ありがとうございました。
- 日常の中にも、没頭して、気づいたら時や感覚を忘れて作業している体験も、禅をしていることにもなるかもしれませんが、自分をかばって、条件にこだわって、グルグル迷うことが多く、納得のいく一日がなかなか送れません。寝食を忘れるほどの自分の大事は何か、ヒントをいただきながら、追求していく機会をこれからも求めていきたいです。貴重なお話をありがとうございました。
- 初めて参加してご法話を聞かせていただきました。御老師ご自身の体験も交えて、寝食も忘れて参禅弁道に励んで悟りを得るに至るその過程を垣間みることができました。禅の心に触れることができる貴重なお時間をいただきましてありがとうございました。
- 初めて参加しました。習っている太極拳は動く禅と言っています。生きていることが禅になると言えるのだろうと思いました。
- 貴重なお話をありがとうございました。初めて参加させて頂きました。姉と姉妹でおじゃましました。私達は小学生の時に、林間学校でお世話になったことがあります。老大師様が雲水さんの頃かと思います。
- 分別の世界から一の世界をめざして、日々努力したいと思います。
- 座禅について。「自分の感覚が消えていく様な座禅」という言葉に感動しました。座禅の境地が、少しわかった気がしました。
- 座禅を組んでいる内に無の境地になってみたいですが、やはり雑念が浮かんできます。いつか無の境地に到達してみたいです。
- これまで坐禅会で話されてきたことが、感覚的にわかったような気がした。
- 同じ経験をもつ人が、けいさくで愛情をもってたたいてくれるならば、安心して、自分をかえりみられると思いました。ありがとうございました。
- ○62の邪見が、如来の家系とは。△維摩経どすかえ。□諸煩悩が、仏法(空)の種子(しゅうじ)だぞ。○へ~え。空(くう)はどこどすえ。7/19禅関策進(寝食両忘)松源嶽禅師(口体俱忘)高峰妙禅師。禅とは、行、住、座、臥、どこでもできる。大接心での見性とは、仏(ほとけ)に会うこと。勇猛心が必要。
- 本日のお話を聴いて、私の通っている坐禅会ですが、賞棒でもなくばつ棒でもなく、たたいてほしい人は手を合わせて下さいというスタイルですので、自分自身で体感して感じ取るものだなと感じる様になれました。
- 久し振りに聴講させていただきに来ました。木々の形、色は変わっていても山の形は不変です。自然の営みに逆らうことなく今を迎えているのでしょう。それが気が本来の自分を大切にして、今の自身を形成しているのだと思います。本日の寝食両忘とは、心の持っているバランスをどのように保つべきか、崩れると、他から攻め込まれ易い隙間を作ってしまう。常に正しい姿勢を作り、受け身がとれる体と心が構えられるからなのでしょう。柳の枝のような柔軟な体を心と共に用意ができたら素敵なことでしょう。目指しているものは何か、はっきり目標を持って進みましょう。時には、回ることも必要でしょう。その判断も難しいと思います。雲が移動するのは、自分の意思でしょうか、それとも自然が流しているのでしょうか。水は高いところから低いところへ移動していきます。雲はどうなのでしょうか。次回までの課題としましょうか。本日は有意義な時間ありがとうございました。
- 遠方から、何を求めて講演に行こうとしているんだろうと、思いながら、参加させて頂きました。老師の知識・知慧の量、深さにふれられた幸せを感じました。日常、ひきしまる思いでした。ありがとうございました。
- まずは、手を組む感覚がなくなるよう、勇猛に頑張ります。今日もありがとうございました。
- 私は、出来の悪い人間だと自覚していますので、少しでもまともになればと思い、勉強させていただいています。毎回叱咤激励を受けています。
2025.6.21 in美濃加茂
- 「今」を気を抜かず、精進した先に大悟がある。「今」もその先も光(心の持ち様によっては影になることも)である。時節因縁が熟すまで淡々と精進するのみですね。今日も人生の糧になるお話をありがとうございました。
- 第2の人生をスタートさせ、生活が一変したことで不安もあり、迷うことも多い毎日でしたが、今日お話をお聞きし、自分の本来の面目に気づけるよう一瞬の油断もせず、努力を積み重ねていくと腹が決まりました。
- 今日も貴重な話をありがとうございました。禅について何も知識を持たない私にもとても分かりやすく、日常の自分の心の動きを思い返しながら聞くことができました。一つの問題に対して努力し続けることと、悩み続けることの大きなちがいとは、なんでしょうか。
- 松のお話はすばらしいと思えました。自分もそんな松になりたい。自然のように生きたい。
- 必ず受講するぞと早めに会場入りしましたら、受講前からウトウトしてしまい、本番はそんな頭に難しい漢文のような話で、何をしに来ているのやらとなってしまいました。老師にも失礼で申し訳ありませんでしたが、でも松の話の前後、皆さんの質問から少し理解できました。
- 今年度は本日初めて参加させていただきました。本日の講義「造次不忘」「忘抵河津」はどちらも深い内容でした。生半可な努力では悟りに至れないし、「悟った」と思ってもそこでとどまっていてはだめだ、ということでしょうか…?絶え間なく探求し続けていかないといけないのだな、と思いました。どうもありがとうございました。
- ○諸煩悩是道場とは。またなんどすえ。△維摩経(不可思議解脱経)だぞ。□へ~え。維摩居士さんどすかえ。「阿」!ひょうたんなまずえ。うちは、お三味線のけいこどすえ。かんにんどすえ。6/21禅関策進(造次不忘、忘抵河津)。法輪常転とは。時節因縁が熟すときに大悟する。日面仏月面仏とは。板声で大悟する。それが生死不二である。
- 日常の問題に徹底して、一つになるほどに追求していく素直さや、まじめさ、真剣さが、世の中にあふれる光を受け取り、本来の自分に気付けることになるのではないか。岩の松も、自分の生命を精一杯生かしていることで身の丈に則した成長を発揮できているように感じました。自分の生き方を導いてくれる師は、その教えに気づける自分次第と思いました。ありがとうございました。
- 宇宙が光に満ち満ちているとは知りませんでした。「一瞬一瞬を大切に」の言葉に改めて気が付かされます。
- 初参加です。貴重なありがたい講座でしたが修業の足りない私には漢文がむずかしかった。最後の松の話は感動しました。老大師様の知識の深さを感じました。ありがとうございました。
- 本日のテキストの中の朝夕精勤ですが、2月に実父がなくなり、仏壇が3月に入り、以後朝晩お参りをする様にしているので、続けていきたいです。
- 悟り=本人の本質が「湧き上がった」状態。一瞬一瞬を大切に、主人公となれるよう考えます。ありがとうございます。
- 「今を生きる」を再認識することができました。ありがとうございました。
- 仏語など難しい言葉などを話されるが、ゆっくり繰り返して話してほしい。(聞き取りにくい)
- 以前NHKの番組を拝見させていただきました。いつかこちら美濃加茂の正眼寺へうかがわせていただきたいと思っていました。機熟したのか機会を与えられました。漢文に触れさせていただいて久し振りの刺激を受けました。お話を十分できたとは思えませんでしたが今後を楽しみにしたいです。日本かもしかのたとえ話はよく分かりました。ありがとうございました。
2025.4.19 in美濃加茂
- 今日はじめて参加させていただきました。兵隊さんの話が印象的でした。
- 大疑・大悟について。今の我の本当の問題だから、頭だけでなく、生き方が変わるということが、そうか、と思えました。もっとよくわかるように、しっかり生きていきます。山川老師いつも、本当にありがとうございます。
- 初めての受講者です。最初に坐禅についてご指導いただき、毎日を慌しく過ごしていて、心静かに自らを省みる事が全く出来ていないことに気付きました。一日の中で、坐禅を心がけるようつとめたいと思います。
- ○海印三昧とは。お三味線どすかえ。△華厳経だぞ。道元禅師も実践していたぞ。へー、そうどすかえ。「阿」!越前大仏どすな。□一週間に十日こい。お三味線のおけい古どすえ。かんにんどすえ。4/19禅関策進(堅誓省発、無時異縁)般若を学ぶとは、悟りを学ぶこと。それには、大根気、智慧が必要である。凡人は考妣(こうひ)(両親の死)の時、また、本人の遅鈍(ちんどん)の時も、全身全霊でやれば悟りがひらけるぞ。
- 堅く誓う、」決意することの厳しさを学ばせていただきました。徹底的に問題を追究する、自分が生まれ変わることも覚悟して挑んでいく、問題と自分が一つになるそうした厳しさ、生き方をこれからも質していく機会として、参加させてください。笑みのある生き方に通じる学びを求めていきたいです。
- 知恵も根気もありませんが、わずかな時間でも尊いと思って、がんばります。ありがとうございました。
- 以前、文化会館での市民公開の講演を聞いた事をきっかけに、禅への興味がわき、知る事が出来、参加するきっかけになったのは、自治会の回覧板にて今回の講座を知るきっかけになりました。本日のお話しの中で、体を大切にしないといけないし、頑張っても結果が出ない時は、考え方を少し変化させて行動すると時期がこないと解決しない出来事があると教えられました。全身全霊で物事に取り組むことのすばらしさを教えていただけました。楽しいお話をありがとうございました。
- 改めて己をみることができました。
- 40年余り前、大学生の時に飯田利行先生の講義を受けました。良寛さんの詩をおそわり、無著道忠老師の存在を知りました。また、寺山旦中先生もおられ、大森曹玄老師の存在や筆禅道のことを知りました。数年前、NHKで山川老師の姿を拝見、印象が消えず、昨年11月以来、2回目の講演の参加となりました。禅宗の教義など分かるはずもなく、学ぼうともしていませんでしたが、山川老師の雰囲気にひかれ、越中から美濃まで来ました。禅の教えを、60歳を過ぎた今から学び始めようかと思いました。
- 耳慣れない言葉が多くありました。そのためか、聞きとれない言葉もあったように思います。今後も学んで行きたいと思います。
- よい修行になりました。

