公開講座ご感想 2026年度
R8.7.18 inみのかも 証道歌
- 聴講したいと思っていてもなかなか都合がつかず、やっと本日受講できました。講話の中でちょうど「発心」というお言葉を頂き、その言葉には→「持続心」→「決定心」という貴重な内容(意味)でした。私なりの解釈では、物事を奮起して始めて、それを継続しなければならない「継続は力なり」に通ずるものだと理解できました。また次回楽しみにしています。
- 一つひとつのお言葉が私の心に刺さりました。漢文をひも解く中で、老師の解釈、古代の人の教えなどわかりやすく私達に解いていただきました。この瞬間から生きていく上で、心にお言葉を置きながら生活していこうと思います。本日はありがとうございました。
- 道を明らめる 漢文解釈によって印象に残ったのは「鎖融頓入 」いたくも、かゆくも、何もかんじない精神力を持つ。理想の完成型のように思えた。
- 声が小さい、文字も見えない、話されたこともわからない。演題もどこを説明されているのか全くわからない。ゆっくり大きな声で聞かせて下さい。どこを説明されているかゆっくりおしえて下さい。
- 三回目の参加です。毎回ユーモアたっぷりのお話に耳を傾けて気がつけば時間になっていました。難読な文の中にあることを、私達の目線まで下りて同じ目線で語ってくださるので、大変親近感もあり、説得力もあります。まずは少しの時間でも毎日の坐禅から。小さなことでも続けること。頑張りたいと思っています。
- 初めて参加しました。座禅の姿勢、呼吸、心を整え、1日1回実施したいと思いました。
- 今日はありがとうございました。座禅がとても心地よかったです。難しかったですが、それでもこうしてじっくり考える時間があったことは、とてもいい時間でした。
- 池の水面に写った満月の姿、よほどシアルに、それは明鏡止水というかすべてが落ち着いていたとの表れなのですね。猿をも欺く程、鮮やかだったのですね。私が生活をしていく上で大切なことは、行動で示す前に心の中を豊かにしておいて、何か起きた時にあわてずさわがず、冷せいにして、回りを見て、最初に何をすべきか判断が出来、対処ができるように人間をきたえておくことが必要とといているのでしょう。いろいろな曲面で正しい判断が出来、その行いをできるようにすることが必要なのでしょう。スマホでいろいろな情報がすぐ手に入れられます。そんな時代だからこそ、自分で正しい判断が出来るようにきたえておくことが必要ということでしょうか。暑すぎる世の中の自然に勝つ手段をどうすべきか考えることも必要なのかも知れません。
- 本年で70才に成りました。50年間会社に勤め、自分なりに頑張って来たつもりです。ここで自分が生きて来た道を振り返ってみたいと考え、以前から興味の有った禅を学び、何かを得たいと思います。
- 自分の我が強いことを反省しました。座禅をして道明らめたいです。とくに怒りをすぐあらわしてしまうので気を付けます。
- 学生の方が自我の話をなさっていて、そのあと老師さまが、菩薩権現の大慈悲心で…の話をして下さって、自我が強いと鎖融になれないとよくわかった気がしました。よく気を付けて暮らそうと思います。
- 久しぶりに聴講させて頂き、感謝です。「発心」にかえり、垢衣を脱いで赤子のように生きられればよい、そのように生きたいと心から感じました。私自身が、悪言を言われ、その様に思われていたのかと反省し、許しをこいました。仏様にかわって、その人が悪言を言って下さいました。許されない時はどうすれば良いのかと思いました。
- 今日も多くの漢字が登場し、1回目2回目に比べると眼心が混乱してしまいました。20代の頃から「洗心」「左進右退」「無常」「不動」という言葉に心が動かされてしまい、武道に励みましたが、いまだにその心が理解できません。現在72才です。理解できるように心掛けたいのですが、いつも自分の弱さがでてしまい苦心しています。
- 座禅では雑念が出てもそれを自覚することで消えると言われた。又、本時の講義では垢衣をどのようにしたらよいか…それは本来宝であることを自覚することが大切といわれた。自覚する…意識をもつということだが、2回目「ちりをはらえ」では自覚することないほどに行動できることが悟りと教えていただいた。??? どのような関係なのでしょうか。又、学びを進めていきたいです。
R8.6.20 inみのかも 証道歌
- 一寸座れば一寸の仏を発心して持続させて、決定できるようになりたいと思います。心を整えることが本日の目的でした。
- いすに座ったままでも手軽にできる座禅のコツを教えていただき、ありがたかったです。生活にとり入れてみようと思います。
- 証道歌の続きを聞くことができ、より理解が深まりよかったです。
- 今日は午前仕事をした後急いで来校したため、講義が始まったらほっとして大変眠くなり、うとうと。発心はあったが持続心も危いと情けなく思っていましたが、「ちりをはらえ」の話を伺い、心からほっとしました。難しくお話しは理解できないところが多いのですが、「ちりをはらえ」の行動を大切にしたいです。
- 前回に続いて2回目の参加です。今回もユーモアたっぷりの話でした。発心から決定心→大疑→大悟の話が一番興味を持ちました。自分の名前にある「信」の字を説明してくださり、恥しながら初めて学ぶことができました。知識を会得して知恵になってもさらに、はたしてそこに疑が生まれるかと、自分に問う機会をいただきました。
- 発心・持続・決定のお話が心に残りました。自分自身で決定になっていることは…じっくり考えてみます。
- 一寸でも仏になれるよう、仏の自分であれるよう、日々坐っていこうと思いました。ありがとうございます。
- 証道歌 深みのある歌で心が動かされた。老大師の解説により何とか理解できました。
- 今日も貴重なお話をありがとうございました。
- いす座禅を経験できて、ありがたかったです。証道歌の説明内容が、正直、理解するのに苦労しました。悟りをひらく境地を味わってみたいとも思いました。ありがとうございました。
- 山川老師から直接お話を聞けてうれしかったです。少し難しく、理解できるまで時間がかかりそうです。
- 御自分の病気を高校生の時に、医者が治せないなら自分で治す!という考えを持たれた事をすごいと思いました。昨今、すぐ病院だ、薬だとおおさわぎする人間が多い中、中々出来る事ではないと感じます。
- 難しい言葉が多くあり、理解することができないところもあり、更に事前・事後の学習が必要であると感じました。常に心の在り様によって理解度が変わることを教えていただけました。感謝申し上げます。
- 塵を払うことを続けていけば、塵がなくなる。それでも塵を払い続ける。かわらを磨いて鏡を作ろうとする。鏡はできるわけ訳ないけれども、磨き続ける塵がなくなったら、鏡ができたら終わりではなく、払い続ける、磨き続けることの大切さを思い起こしました。ありがとうございました。
- 六年ほど前に老師のお話を聞いてから、私も左手で食事をする事に決め実践しております。効果の程は分かりませんが、本日まで健康で生かしていただいております。感謝。
- さいごの外国人の小さい子のお話が印象的でした。頭に知識を入れるのばかりでなく、自分で動いて、体験していこうと思いました。見ていてくれるのが、仏さまとかなのでしょうか。ちゃんと自分で動いていることがわかったら、自分の中の仏ということなのでしょうか、と思いました。
- 講座の最後でお話された、滝で出会われたご家族のエピソードが大変印象に残りました。ひとから教わったり本で学んだりするよりも、自身で考え、身をもって体験して自分のものにすることに、大きな喜びと心の自由さが得られるのだと思いました。
R8.4.18 inみのかも 証道歌
- 坐禅をしているお寺で、証道歌を読んでいる(唱えている)ので、解説を聞けてよかったです。
- 縁は長さではない…円通無礙 がんばります。
- 本源自性天真仏を忘れずにいたいと思います。職場の仲間も、自分も、そういう存在であることを。
- 今後もつづけて参加出来ればと思います。多少の予習・復習が必要感じました。ありがとうございました。
- 全てが感謝でした!!ありがとうございました。
- 証道歌の「絶学無為閑道人」が“フーテンの寅さん”との説明があり、ナルホド、と腑に落ちました。無学の者にもわかりやすい話でした。感謝。
- とても難しくて何も理解できませんでした。人生が短いか長いかはその人の生き方次第ということでしょうか。
- とても良いお話しだと思われますが、大変むつかしく感じられました。ただ坐禅の仕方を学ばさせていただきました。
- お話しを聞かせていただきありがとうございました。考えずに、素直に受けとるのが良いとのこと、禅の心にふれる機会を下さりありがとうございました。
- 講話の前に正眼寺におまいりしていると、かねの音が聞こえ、廊下に修行僧の方が坐っておられる姿が見えました。いくつになっても生死というより、生きることにこだわりが尽きません。生死にこだわりを無くすことなどできないとおもいますが、生にこだわってみっともない姿をさらしたくないと感じました。老大師のお話を聞いていてこのように感じました。心が落ち着くお話しぶりでした。ありがとうございました。
- 数年前にNHKで老師のお話しを聞き、書物やユーチューブでの法話も聞きました。以前より参加したかったのですが事情があって、今日初めて機会を得ることができました。昨年末妻を亡くし、しばらく先に光が見えない時間を過ごしていましたが、「今、この一瞬を大切に精一杯生き抜く」という老師のお言葉を胸に孫の世話をはじめ、できること、求められることを誠実に向き合いながら一日一日を生きています。本日はありあとうございました。また参加したいと思います。
- 証道歌は学びたい一つでしたが、なかなか難解であることが分かりました。坐と共に学びと並行してかないとですね。
- 「道-明らめる」人の道を悟す難しい講義と思って参加したが、老師様が道ー“ほがらかに”なると話されて、なるほどとほっとした。自分自身が、悩みつつ生きているが、より良く、より易く、生きることができるようでありたい。医療に従事してきたので”生・死”について考えたこともなかったので、これからも参加して学んでいきたい。具体的にわかりやすい例があり、話して下さり、楽しくもありました。
- 聞いて終了ではない、さらに学びたいと思う、考えたいと思うようになりました。
- 正眼短大の講堂には満々と若緑をたたえた清々しい景色がその容姿を現わしています。容姿端麗と云う言葉が良いのでしょう。世の中が、いろいろな事で不安定なその中にあって、決して裏切ることの無いこの若緑には、不動心があるのでしょう。敬服します。昨年の秋には、木々の葉は全て落としてしまっていました。冬を越して春になれば、溜めておいた養分と根から吸った水分などを生かして葉をたくわえる。常に手放すことができる心の用意があるからなのでしょう。同時に回りの常態を良く見て生活をして行くことも大切です。この心があれば悟りの心に到達するのでしょう。カエルとうつわの中のMILKの話、次にどうなるのだろうと面白かったです。ついにバターになったという「オチ」は、西洋の童話にありそうなお話ですね。これが悟りにつながるのが、本来仏なりなのでしょうね。それに気付いていない我々は、修行をしていないからなのでしょう。その手掛りを見つけることが出来た人は日々の生活を精一杯送って生きている人なのでしょうね。
- 本日、大変興味深い教えをいただき感謝いたします。生きているからこそ、過去、現在にとらわれ、未来をより良きものとして考えていきたいと思っていますが、仏の教えを十分に理解していないため、大変難しい内容でした。年齢的にも、メモを取るスピードが、若い頃に比べると遅くなっているため、余計にメモをとることに神経がうつっていました。
- 無生、無速の話を、山川老師にうかがって、なんとも言えず、ほっとしました。もしかして、玄覚大師も、六祖に無生無速と言われて、すごく安心したのではないかなと思いました。そうした安心の連続(つながり)をわけて頂けて、うれしかったです。 1人になるのがちゃんと生きることになる、けれど、“仏法僧”なので、仲間の存在も大切。それが両立する世界って、どんな風な世界でしょうか。自分は、1人も、みんなとも、うまくいかないときがあるので、両立する世界を見つけたいです。

